前進を阻む完璧主義

シータヒーリング

完璧主義と聞いた時、一般的には妥協を許さない、ハイレベルまで突き詰めるようなイメージをもつことが多いのではないでしょうか。
つまり、完璧主義な人=ストイックで高い成果を出せる人。

でも、実はこの完璧主義が、知らず知らずのうちに前進を阻んでいるケースも多々あります。
私自身、元々完璧主義の傾向が強かったのですが、たとえば、
・自分が定める水準に達せるか確信がもてないとチャレンジしない
・完璧を目指すあまり、やたら細かくプロセスを描いた上、「今はそこまでやる余裕がないな」と先延ばしする
・ゴールに到達する前に疲弊する自分がイメージできてしまい、一歩踏み出すのに時間がかかる
などなど。

皆さんはどうでしょう?思い当たることありますか?

シータヒーリング ゲームオブライフ

シータヒーリングセミナーのひとつであるゲームオブライフでも、このトピックは扱われていて、「完璧ではなく、前進できる水準を見極めよう」という話が出てきます。初めてこのセミナーを受講した当時、この一言はものすごく私に刺さりました。

”完璧”という言葉はあれど、それがどのような状態かは明確な定義がありません。
つまり、私たちは自分独自の基準で、物事を不必要に複雑化したり、謎のこだわりで工程を増やしたり、やたら細かいポイントを気にしたりして、完璧”風”を追求しているだけなんですよね。

でも、完璧へのこだわりって、なかなか手放せない。
完璧主義は恐れの裏返しでもあるからです。

完璧にできないとどうなるの?
失敗すると、最悪何が起こる?
誰に、どんなことを言われる?
その時、あなたはどんな気持ちになる?
恥ずかしい?劣等感を感じる?隠れたくなる?自分の行動を後悔する?
こんなことを味わうぐらいなら、最初からチャレンジしない方がよかった?
じゃあ完璧にできないなら、やらないでおこう。その方が自分を守れるし。

こんな感じで、潜在意識の中でストーリー展開されていることはよくあります。

心地よさ・楽しさにフォーカスする

こうしたストーリーの裏にあるのは、「完璧じゃない自分を否定されてしまう」という恐れ。
これは、他者軸で自分を評価していることによって生じる恐れです。

でも、私たちは完璧になる必要などなく、今この瞬間の自分で既に「完全」です。
この先一生なんの成果も残さなくても、全ての人に嫌われても、私たちが完全であることは変わりません。
そして、私たちがどんな状態であろうと、世界には、私たちを好きになってくれる人も、嫌う人も、無関心な人もいます。

であるならば、自分が心地よいか、楽しいか、わくわくするかを優先してもいいんじゃないでしょうか。
私自身、完璧さへのこだわりをポイッと捨てると、途端に物事がシンプルで、スムーズに進むようになることが多々ありました。

もし何かに取り組むときにこだわりを持つのであれば、
「より良いものを見たい!」
「”最高”を体験したい!」
「突き詰めていくのが楽しい!」
などのポジティブな動機をもとに、前進していく過程を楽しめると素敵だなと思います。

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